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  • 執筆者の写真nsawa-saraca

【2nd制作その31】皆んなジャンルが大好き

更新日:2019年12月15日


昔から、殆どの人と「噛み合わない」と思うことの一つが、ジャンルに対する感覚です。

私には良く理解できないのですが、殆どの人は「ジャンルそのもの」が大好きで大好きで仕方がないようなのです。

殆どの「表現者」は、「コテコテなジャンル感」を目指すし、「コテコテにジャンル感を出せる人」を崇拝しているように感じます。

殆どの人が目指すのは「自分自身」ではなく、「コテコテのジャンル感」なのではないでしょうか。

崇拝されるのは「コテコテのジャンル感」を出せる人。

そして信者の崇拝するポイントは「ジャンル」。「ジャンルをコテコテに表現する事が出来る〇〇さんが凄い」というわけです。

そして、「コテコテのジャンル感を出す表現者」に対し批評家は「奴は本物だ、何故なら〇〇(ジャンル名)を解っているからだ」と記事にします。

そしてその記事を片目で読み嚙った消費者は、自分の認識する「ジャンル感」と「照合」し、「一致していること」「違和感が無いこと」を確認すると「安心して」口を尖がらせながら「奴は素晴らしい表現者だ、これこそ〇〇(ジャンル名)だ」と崇め奉り、吹聴します。

例えば、「彼こそジャズだ」とかなんとか。

結局、そんな人たちの焦点は「コテコテのジャンル」であって、「その人そのもの」ではない。

つまり、「表現者 < ジャンル」というわけです。

趣味嗜好は人それぞれなので、もちろん尊重しますし、そういう方々を決して小バカにしているつもりは全く無いですし、大多数の人が「表現者 < ジャンル」なんだと思うので、こんな事を言うと面倒くさい奴だと思われるのだろうけど、自分には「表現者 < ジャンル」の感覚は無いのです。ジャンル自体は手段であって本人のメッセージではない。

私個人の趣味嗜好としては、表現の方向として、ジャンルではなく、「その人自身が発動機となり伝えたがっている表現・メッセージ」に魅力を感じます。ジャンルはあくまでも表現の手段であって、根底には自分自身があるのが大前提で、ジャンルを踏み台にして伝わってくるものに魅力を感じます。

「表現者 > ジャンル」という関係のものに惹かれます。

この場合は、ジャンルは、たまたま「表現のツールとして選ばれた」だけの存在で、他の手段でも良いのです。音楽でも、映画でも、小説でも、詩でも、絵画でも、彫刻でも・・・。


そんなことを考えている人は本当に少数派かも知れませんが、自分は「表現者 > ジャンル」に魅力を感じるし、自分自身もそうありたいと思っています。もちろんn'sawa-saracaの2ndもその方向を目指しています。

こんな事を書いても、世の中の9割9分9厘の「表現者 < ジャンル」な人には理解してもらえない事は解ってはいます。

しかし!私にとっては非常に大切な事柄なのです。メチャクチャ重要で大切です。

そして、このblogはn'sawa-saracaのblogなので私自身が考える事を書きました。

この話を共感してもらえる人と知り合いたいし、お話したいものですね。


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